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筋萎縮性側索硬化症ALSと就労

筋萎縮性側索硬化症(ALS)は、神経難病の中で最もよく知られた病気の一つです。脳と脊髄の運動神経が減少し、呼吸筋を含めた全身の筋肉が少しずつ動かなくなっていく病気です。わが国では毎年、10万人あたり1〜2人の方が発病され、国内には1万人以上の患者さんがおられます。私は神経内科医として、多数のALS患者さんと関わってきました。

ALSにおける症状の進行と命に関わる選択

   ALSの症状は 全身に出現し、少しずつ進行します。とりわけ、食物を飲み込めない嚥下障害と、自分の力で呼吸ができなくなる呼吸筋麻痺は命に関わる重大な問題です。現代の日本では、保険診療で 胃瘻(いろう)や人工呼吸器を装着することで、これらの課題を解決することは可能です。

  しかし、それは同時に「声が出ず、手足も動かない状態で何年も生き続けるのか」 という難しい問題と向き合うことでもあります。実際にこれらを装着するかどうかは、患者さんご自身が判断し、選択されることになります。

   真実を包み隠さずにお話しするなら、今日,ALS患者さんのうち2、3割程度の方だけが人工呼吸器を装着して生き続けることを選択し,生き続けることをお選びになります.つまり,それ以外の過半数の方は病気が進行しても,呼吸器をつけず,自然に任せられ,発症から2年程度で亡くなられるという現実があります。

 

諸外国におけるALS診療の現状

    意外に思われるかもしれませんが,日本以外の多くの国では、ALS患者さんに人工呼吸器を装着しない ことが一般的です。これは制度上の問題というよりも、寧ろ,宗教的・文化的な背景によるものかもしれません。『病気もまた,神からのGiftであり,その予後をヒトが捻じ曲げてはいけない』と考える方が多いのです。私も海外で臨床を経験し,驚きとともに実感したことを思い出します。

    結果として、ほとんどのALS患者さんが発病から2〜5年以内に呼吸不全で亡くなります。そこには、我が国とは異なる医療の景色が広がっています。

    世界的に考えますと,ALSは緩和医療や安楽死、臨床倫理などのテーマとともに語られることが多い病気です。しかし,ここでは  あえて「ALSと就労」という異なった視点から この病気を考えてみたいと思います。

 

視線入力装置が切り拓くコミュニケーションの可能性

    2023年、京都市内の施設に入居された40代のALS患者、Yさんと出会いました。Yさんは働き盛りにALSを発症し、10年近い闘病の末、人工呼吸器と胃瘻を装着.上半身は完全に麻痺した状態でした。しかし、彼には自由に動かせる瞼と眼球があります。そして,Yさんは目の動きを読み取る視線入力装置を使い,パソコンを操作する達人だったのです。

    彼は私たちと同じようにメールを読み書きし、表計算ソフトや文書作成ソフトを自在に操作します。メールを送れば数分で返信が届くそのスキルは、私がこれまで出会ってきた多数のALS患者さんの中でも桁外れに高いレベルでした。この出会いが、私の中に「ALS患者さんの就労」という新たな概念を生むことなりました。

 

ALS患者の復職に向けたプロセス

    Yさんの休職期間が会社の期限の上限に達しようとする中、彼自身から「再就労はできないだろうか」という相談を受けました。折しも,新型コロナのパンデミックの終盤。日本にリモート勤務 が定着しつつあるという社会環境を活かし、復職に向けた話し合いを会社側と進めることになりました。以下は、Yさんが復職を実現するまでの道のりです。

  1. 就労環境の評価と検討
    施設に居ながらにして、PCとネット環境を利用した「在宅就労」が可能かどうか、本人のスキルと通信環境を確認しました。
  2. 企業側との交渉
    問題は彼の麻痺の程度ではなく、Yさんが「会社にとってどれほど貴重な存在であり、貢献できるか」という一点に絞り、人事担当者と協議を重ねました。
  3. 前例のない復職の決定
    会社側にも葛藤はありましたが、最終的にYさんの能力と熱意が認められ、10年の休職を経て常勤としての復職が決定しました。
  4. リモート勤務の継続
    現在は施設からリモートで業務に従事し、会社のかけがえのない戦力として元気に働き続けています。

 

ALSと共生する未来の社会に向けて

    学生時代にALSを発症しながら偉大な研究を続けたスティーヴン・ホーキング博士や、自らをサイボーグ化して発信を続けたピーター・スコット-モーガン氏は、当時,最先端の情報機器を駆使して社会に貢献し続けました。彼らは、ALS患者が人生を生き続けること、そして労働し,社会に貢献することの意味を強く,深く,静かに示してくれました。

    現在、仮想現実の環境や機器がさらに普及し,脳と機器を接続するブレイン・マシン・インターフェース(BMI)が実用化されつつあります。ALS患者さんの闘病風景は、これらのテクノロジーによって大きく変貌していくはずです。Yさんが示してくれた「ALS患者さんの就労」が当たり前となる社会が 2030年までにやってくることを、私は切に,切に,願っています。

 

追記

   2025年 秋.Yさんの復職から 2年が経ちました.お仕事は順調との由です。

   2026年初.1年以上をかけたYさんの構想が ついに 一つのプロジェクトにつながった! との連絡を受けました!   おめでとうございます!

   2026年 春.昨年は雨のために中止になった お花見.今年は天候に合わせて柔軟に予定を変更し,実行することができました.関係者の皆様方,ご協力いただき,ありがとうございました。

   余談ですが,お花見の最中,胃瘻をアルコール消毒を行いました.

   これで私たちの夢が 一つ かないましたね。ちなみに アルコールの銘柄は 某社のプレミアムモルツ でした。帰り道,Yさんの頬は 心なしか,ほんのり桜色でした.

 

参考文献・注釈

注1 「ホーキング、自らを語る」スティーヴン・ホーキング著、佐藤勝彦監修、あすなろ書房(2014年)
注2 「NEO HUMAN ネオ・ヒューマン:究極の自由を得る未来」ピーター・スコット-モーガン著、東洋経済新報社(2021年)

 

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