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複雑化する認知症の診療

認知症診療の現場では 長年,「認知症の多くはアルツハイマー病である」と考えられてきました。しかし近年の研究により、実際の病態はより複雑で、複数の原因が重なり合っていることが明らかになってきました。これからの認知症診療において知っておくべき知見について解説します。

認知症の多様性とアルツハイマー病の真実

戦後、高血圧の治療が充実し,生活様式が変化したことから、かつて日本人の国民病であった脳出血の患者数が激減しました。それに伴い、脳卒中が原因となる血管性認知症も減少に転じました。その一方で高齢化が進み、アルツハイマー病の患者が急増した結果、「認知症の殆どはアルツハイマー病だ」と言われるようになりました。

しかし、その後,純粋なアルツハイマー病は意外に少ない” のではないか,と考えられるようになりました。現実の認知症は、私たちが考えていたよりもはるかに多様性に富んでいるらしいのです。

 

ダイナミック多角形説:高齢者の脳に蓄積するダメージ

かつて私が師事したハッチンスキー教授が提唱されたダイナミック多角形説 (注1) も、認知症の多様性を示す重要な考え方の一つです。“後期高齢者の場合,単一の病気が認知症を起こすことは稀” であり、実際には若いころから少しずつ脳に蓄積した様々なダメージが 認知症の原因であり,これらが重なり合って認知症を発症する,という考えです。「種々の原因」を「多角形」と表現されたのは、多言語に造詣が深い教授らしいレトリックといえるでしょう。

 

アルツハイマー病以外の多様な認知症疾患

この考えを裏付けるように、認知症の世界では興味深い発見が相次いでいます。アルツハイマー病に似ているものの、それぞれに異なる特徴を持つ認知症が続々と見つかったのです:

レビー小体型認知症 日本の小阪先生が発見された病態.現在は『2番目に多い認知症』とみなされています。実はパーキンソン病とほぼ同じ病気なのですが、長い間,見過ごされてきました。
嗜銀顆粒性認知症 80歳以上の高齢者に多く見られ、アルツハイマー病よりも物忘れがゆっくりと進行するのが特徴です。
TDP-43脳症 最近になって「発見」された認知症です.後期高齢者においては “アルツハイマー病よりも頻度が高いかもしれない”  といわれています。

 

衝撃の研究結果:臨床診断と病理診断のギャップ

こうした多様な疾患が発見されるにつれて,従来,アルツハイマー病だと考えられていた方々が、実は別の病気だと後から発覚することは珍しくありません。海外の複数の大学病院 物忘れ外来で「アルツハイマー病」と診断された1,300人以上の患者さんを追跡し、亡くなった後に顕微鏡で脳を詳しく調べた研究(Brain 2019)があります。生前の診断を,亡くなってから『答え合わせ』した,勇気ある研究です.

とてもショッキングなのですが,この研究によると、生前の診断通りにアルツハイマー病と確認されたのはわずか4割でした。残りの6割の方々の内訳は以下の通りです。

死後の詳細な診断結果 脳梗塞などによる血管性認知症:約25%
  TDP-43脳症:17%
  レビー小体型認知症:10%

*現在では アミロイドPET , 髄液や血液のAβ42/Aβ40比, p-tau/Aβ42比 などの新しい指標が アルツハイマー病の診断精度を高めていますので,この研究の解釈には注意が必要です.    

 

複数の認知症が同居する「混合型認知症」が意味すること

さらに事態を複雑にしているのが、アルツハイマー病の人は レビー小体型認知症 や TDP-43脳症 にもなりやすいという事実です。3つの認知症を同時に患っていても何ら不思議ではないと考えられるようになりました。

アルツハイマー病自体が「アミロイドβ」と「リン酸化タウ」という2種類のタンパク質が脳に溜まる病気です。つまり,とても「タンパク質が溜まりやすい脳」をお持ちなのです。一方,レビー小体型認知症は「αシヌクレイン」が,そして TDP-43脳症は「TDP-43」が,それぞれ脳に蓄積して起こる病気です。「タンパク質が溜まりやすい脳」は アミロイドβやリン酸化タウだけでなく,αシヌクレインやTDP-43も溜め込むのです:

  • アルツハイマー病患者の約1/3は レビー小体型認知症 を合併している。
  • レビー小体型認知症患者の半分以上が アルツハイマー病 を合併している。
  • アルツハイマー病患者の1/3~半数が TDP-43脳症 を合併している。

 

患者さん一人ひとりに合わせたオーダーメイドの診療へ

ヒトの脳に複数の認知症が同居するとどうなるのでしょうか。実際,「症状の8割がアルツハイマー病で、残りの2割がレビー小体型認知症」などといった病態が起きているらしいのです。「主となる認知症」の症状に「他の認知症の症状」がトッピングされ、その人独自のオーダーメイドされた症状が現れると考えられています。

これからは「個々の病気を診る」というスタンスではなく、複数の病態を併せ持つ  “その人をありのままに捉える姿勢”  が重要になるのかもしれません。患者さん一人ひとりの病態を見極め,その人に合った生き方や治療を共に考えることが、これからの認知症診療に求められるのではないでしょうか。

 

注1:Changing perspectives regarding late-life dementia. M Fotushi,  V Hachinski et al. Nat. Rev. Neurol. 5, 649–658 (2009)

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