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認知症は何科の先生が診るのか?

    とても難しい問題です.

    昔は「精神神経科」の先生が診るものでした.戦後,このカテゴリーが「精神科(心療内科)」と「(脳)神経内科」に分かれました.精神科は「精神」の病気を診ますし,神経内科は「身体」の一部である脳や末梢神経,筋肉の病気を診ます.さて,どちらの科の先生が診るべきなのでしょうか?

 

認知症は「精神」の病気?  それとも「身体」の病気?

    認知症の基準が DSM-Ⅲ-Rという診療マニュアルに示されています.米国の精神医学会が作った取り決めですが,これによると,認知症には「記憶障害」と「一つ以上の(思考や行動の)異常」が必要です.更に「脳の器質的疾患」でなければならないとされています.やさしく言うなら,「脳の形が変わる病気」であり,「身体」の病気ということになりますね.しかし,DSM-Ⅲ-Rの改訂版であるDSM-Ⅳ-TRでは「器質的疾患」の記載は消えました.その理由はわかりません. 

     その後も精神科の先生は認知症の診療をされますし,神経内科医の中にも『認知症は診ない』という先生がおられます.ちょっと混乱しますね.

 

それは 伝統?

    認知症で最も数が多いのはアルツハイマー病です.これはアミロイドβ(とリン酸化タウ)という蛋白質が脳に溜まる病気で,海馬周辺などの脳が強く縮む様子をCT検査などで確認できます.

    一方,神経内科領域で有名な病気にパーキンソン病があります.これはαシヌクレインという蛋白質が脳に溜まり,運動に関わる一部の神経がダメになり,全身の動きが悪くなる病気です.認知症を合併することもあります.顕微鏡を使えば 脳の神経の変化を確認できるのですが,アルツハイマー病と異なり,通常のCTやMRI検査では変化がほとんどなく,正常に見えます.(因みに,世界で最初に パーキンソン病患者さんの脳の変化をMRIによって確認したのは当院の吉川院長です:Yoshikawa K et al.  JNNP 2004)

    両者とも『異常な蛋白質が脳に蓄積する病気』であり,『神経変性疾患』と呼ばれる脳の病気です.しかし,脳が明らかに萎縮する前者を精神科医が,一方,脳がほとんど萎縮しない後者を神経内科医が診療しています.この棲み分けは私にもよくわかりません.私が医師になる以前から,このように決められていました.一種の「伝統」のようなものなのかもしれません.

 

二つの変化がもたらすもの

    その後,日本の認知症診療に二つの変化が訪れました.ひとつは認知症患者さんの数が物凄い勢いで増えたこと,もう一つはアルツハイマー型認知症に対する新しい治療が始まったことです.

    今や 65歳以上の高齢者の8人に1人は認知症といわれています.予備軍を入れれば,4人に一人です.これは 約1万人の精神科医だけでは診療しきれない数です.約3,000人といわれる神経内科医を合わせても焼け石に水です.6万人以上の内科医の協力と活躍なしに,今日の認知症診療は成り立ちません.

    さらにアルツハイマー病以外の認知症も増えています.神経内科医の診療する「神経難病」は様々な認知症を引き起こしますし,各種の循環器病や糖尿病等の生活習慣病,内分泌疾患,ビタミン欠乏症などの内科の病気も認知症をもたらし,「その他の認知症」にカウントされています.質,量ともに精神科の先生だけでは対応しきれない状況がここにあるのではないでしょうか.

    一方,先日,レケンビとケサンラという抗体医薬品がアルツハイマー病の治療薬として承認されました.従来,「ドーピング」程度の効果しかなかった抗認知症薬と異なり,アルツハイマー病の原因物質の一つであるアミロイドβを免疫の力で取り除くことで,認知症の進行を緩やかにすることができるようになりました.しかし,「免疫力」を高めるあまり,一部の患者さんでは 脳が腫れあがったり,血が滲んだりすることが報告されています.普段から脳炎や脳出血の患者さんに関わっている神経内科医なら,これらの副作用に即応できますが,精神科のドクターがこれらの治療をなさるのは難しいことかもしれません.認知症診療の中心をなすアルツハイマー病が「身体科」へ移行する時代が静かに始まったようです.

 

認知症と措置入院

    とは言うものの,精神科抜きで認知症診療はあり得ません.実例を挙げます.

    認知症の一つ,前頭側頭型認知症では「反社会行為」や「迷惑行為」が症状として出てくることがあります.個人的な体験を申し上げますと,患者が隠し持っていた鉈(なた)で襲われそうになったり,女性患者に抱きつかれ 体中を触られた経験があります.こうした場合,「自傷他害」の恐れがありますので,二人以上の精神保健指定医の診察を経て,都道府県知事の権限による措置入院をお願いすることになります.過去,何度もお世話になり,助けていただきました.大変,感謝しております.

 

結論はないけれど

   色々,書き連ねてきましたが,「認知症は何科?」という問いに真正面から答えたことにならないと思います.申し訳ありません.

   当院にできるのは,診療科の垣根を取り払い,内科,脳神経内科,精神科としての研鑽をそれぞれに積み重ね,多方面からの視点で患者さんとその家族に向かい合うことです.このスタイルをこれからも変わらず続けていきたいと思います.

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