メニュー

頭痛 と ズツハラ

    一般に頭痛といいますと,「脳外科へ行こう」と答える方が多いですね.これは「脳出血」や「脳腫瘍」が頭痛を起こすことが知られているからでしょう.こうした頭痛は「二次性頭痛」と呼ばれ,『何かの病気になった結果,起こってくる頭痛』 です.そんな時,脳外科に行くのは当然です.実際,頭の中に血が噴き出たり,腫瘍ができたら,酷い頭痛が起きます.私は10数年間,脳卒中ケアユニット(SCU)で働き,脳出血による二次性頭痛の方を 大勢 診てきました.
     一方,「頭痛だけ」が起こる場合は「一次性頭痛」と呼びます.この中に『片頭痛』(へんずつう)も 含まれます(あ,「偏頭痛」ではないですよ!).そして,一次性頭痛は二次性頭痛よりも圧倒的に数が多いです.なんと,日本人の4人に1人が何らかの一次性頭痛を持っていると言われています.こうした一次性頭痛は,一般に 脳神経内科の先生、あるいは頭痛専門医の方が診察されることが多いと思います.大雑把に言いますと,一次性頭痛は神経内科,二次性頭痛は脳外科に それぞれ診てもらうことになります.

私も片頭痛

    若い頃,私は片頭痛発作に大層,悩まされました.当時,頭痛薬は今ほど,充実していませんでしたし,『24時間,戦う』ことを標榜するような社会でしたので,『頭痛ごとき』で仕事を休むことは許されませんでした.「頭痛ぐらい、我慢しろよ」と言われたこともあります。頭痛を抱え,這うようにして京都第2赤十字病院へ出勤した研修医時代を思い出します.
    幸い,年を取ると動脈硬化が進み,「片頭痛」を起こさなくなりました.でも,『あぁ,昔なら,今,酷い片頭痛を起こしていたんだろうな』と感じる瞬間があります.片頭痛のない方には,この表現,とても難解かもしれませんが,片頭痛患者さんなら,理解いただけるかもしれません.そう,片頭痛ほど,世間の大多数から誤解されている病気はないと思います.片頭痛は単なる『頭痛』ではなく、血管の病気であり,脳の病気でもあるのです.

 

臨床留学と片頭痛

    私事ですが,かつてカナダのウェスタンオンタリオ大学附属病院に臨床留学しておりました.当時,AHA発刊の『Stroke』誌 総編集長であり、世界脳卒中会議の会長でもあったHachinski教授が開設された世界初のSCU(脳卒中ケアユニット)に詰め,日本未導入の “rt-PAによる脳血栓溶解療法” を習得するための公費留学でした.

    Hachinski教授の元には,世界中から神経内科医が集まっていました.地元のカナダの他,ロシア・イタリア・中国・トルコ・シンガポール・インド・タイ等々,国際色豊かでした.メンバーはそれぞれ多くの仕事を抱え、いつも多忙でしたので,すれ違いも多かったのですが,昼食のカフェテラスや全員参加の定期ミーティングでヒソヒソと情報交換するのが楽しみでした.
    このミーティング,どういうわけか,時々,部屋の電気のほとんどを消し,暗い中で議論をすることがありました.スライドを見るわけでもないのに,なぜ,照明を落とし,暗い中で話し合うのか,当初は戸惑いましたが,後から理由を聞いて納得しました.
    当時,私たちのチームでは,インド出身のDr Dinesh以外の全員が片頭痛を患っていました.私もその中に含まれます.業務中に片頭痛発作を起こした場合、無条件で帰宅することがその職場では許されていました.片頭痛発作中の医者が患者のためにできることなど,殆どないですから.しかし,そのミーティングだけは「全員参加」でした.折り悪く、その会議中に片頭痛を起こしてしまった仲間がいると、誰が言い出すわけでもないのに,部屋を暗くし,小さな声で会話し,会議を短時間で切り上げたものです.片頭痛に苦しむもの同士の思いやりというわけです。そんな時,Hachinski教授は「世界中から集まった優秀なメンバーの殆どが片頭痛を持っているということは,片頭痛に人類を進化させる偉大な因子が含まれているに違いない.だれか研究してみないかい?」と,真顔で冗談を仰ったものです.
    幸いにして,私は定例会議の時に片頭痛発作を起こすことはありませんでしたが,帰宅途中にお気に入りのバーに立ち寄り,Guinnessビールを半パイント程,飲みますと,必ず,帰宅後に片頭痛を起こし,寝込んだものです.あれは本当にterribleでした.

 

片頭痛を受け入れる社会,とは...

    さて,ここまでで何か疑問をお感じになられたではないでしょうか?

    おそらく,「片頭痛」のない方々は,『なぜ,片頭痛が起こると,仕事を早退できるのだろうか?』『なぜ,片頭痛発作があると,部屋を暗くしたり,小声で話すのか?』と,疑問をお持ちになるかもしれません.また,『なぜ,吉川は 黒ビールをたっぷり飲むと,頭痛になるのか?』と不思議に思われるかもしれません.
     一方、片頭痛患者の皆さんは『片頭痛を理由に堂々と仕事を休めるとは素晴らしい職場だなぁ』,『片頭痛発作の苦しみを和らげる配慮が行き届いた職場なんですね…日本では考えられないなぁ』,『チラミンの多い黒ビールは片頭痛の強力な誘因だと分かっているのに,ついつい,飲んでしまうとは,吉川院長は意志が弱いなぁ』と感じられるかもしれません。

     片頭痛は『頭が痛くなる病気』ですが、振動を受けたり、脈拍が早くなると、痛みがとても強くなり、立っていられなくなります。また、痛みだけでなく、ひどく気分が落ち込んだ感じ、強い光や音に耐えられなくなる感じ、強い嘔気やめまい感などを伴います.そうなると、『仕事なんか』、やってる場合ではなくなるのです.そして、悲しいことに、片頭痛が無い人達の殆どは、このことを知りません.知っていれば「頭痛なんか、我慢しろ!」とは言えないはずです.

    一般に、白人(というより Caucasian)は 片頭痛患者が日本よりも多く,かつ,「症状」も激しいと言われています。例えば,ドイツ人の27.5%が片頭痛を持っているそうですが,日本の場合,女性は約12.9%と,その半分以下で,男性に至っては,僅か 3.6%です.自分の経験も踏まえて,わかりやすい表現をするなら,片頭痛を持つ日本男児は,高校のクラスに一人も片頭痛の「仲間」がおらず,「時々,不機嫌になったり,寝込むヤツ」というレッテルを張られ、大変、辛い青春を送ることになります.
    片頭痛には大変,重い症状を起こすタイプがあります.日本では「体の半分が麻痺した!」と言えば,まず間違いなく脳卒中の患者さんですが,カナダのSCUでは,まず,『片麻痺性片頭痛』(頭痛とともに半身が一時的に麻痺する片頭痛)を持っていないかどうかを確認したものです.また,『脳底型片頭痛』を起こし、意識が朦朧となった若い女性がERに運び込まれることもありました.

     白人主体の社会では 片頭痛が質・量ともに日本とは大きく異なるため、カナダでも「社会」が片頭痛を理解し、受け入れ,適切な対応をしていたのでしょう.

 

それは,ズツハラ?!

    片頭痛が少ない日本では『頭痛持ち』という言葉が使われます.前述のように,ほとんどの日本人男性(100 - 3.6 = 96.4%)はこの単語に何もお感じになられないと思います.しかし,私のように,長年,片頭痛に苦しんできた「マイノリティ」は『頭痛持ち』という言葉に強い疎外感を感じます.
    私は,本来,言葉狩りを好みませんが,『頭痛持ち』という言葉にだけは,一種のハラスメントを感じることがあります.センシティブ過ぎなのでしょうか?   他の病気では、例えば「高血圧持ち」とか、「虫歯持ち」、「変形性膝関節症持ち」などの言葉はあまり使わないですよね。なのに、頭痛に苦しむ人達は「頭痛持ち」というカテゴリーに属する人たちとして切り分けられます.その背景には、何らかの偏見、あるいは差別的意識が込められているように感じてしまいます.

   とりあえず,この場では 頭痛患者に対するハラスメント、すなわち「ズツハラ」という言葉を使うことをお許しください.

 

漫画の中のズツハラ

    コミックを読んでいるとき,こめかみ に“#”のようなマークが描きこまれたキャラクターが登場することがありますよね.多くの方は何の予備知識もなしに,『あぁ,この人は今,怒っているのね!』,『すごく不機嫌そうだ』と感じられると思います.あるいは,お婆さんのキャラクターに,白いテープのようなものが こめかみに貼られている描写を見ると,暗黙の了解として『この人は怒りっぽいお婆ちゃんだ』と感じるのではないでしょうか?

   “#”は ヒトの こめかみを走る動脈 (浅側頭動脈 STA といいます) が 浮かび上がった状態を表しているようです.そして,動脈が膨れ上がっているということは『片頭痛発作』の真っ最中なんだ,というわけです.不機嫌で,怒りっぽいだろう,という表現なのでしょう.
     一般に,「口角が上がった顔」は笑顔の表現であり,「目の瞳が小さく点になった様子」は,とても驚いてることを表しますよね.同様に,「STAが怒張したキャラ」は不機嫌だと認識しているのですね.一方、こめかみに貼る四角いテープは一般に「つぼ膏」とよばれる外用剤です.戦前から『片頭痛の予防に つぼ膏を こめかみに貼る』ことが普及していたそうです.だから,つぼ膏を貼ったお婆さんは『頭痛もち』であり,不機嫌だ,という表現なのでしょう.
    これらを「ズツハラ」と呼ぶのは,ここだけの話で,私の個人的な考えですので、忘れてください.しかし,医療関係者が「頭痛もち」という表現を使うのは控えるべきではないかなぁ,と同業者としては思ってしまいます.

 

頭痛診療とは

     片頭痛を『仕事や学校を休まざるを得ない頭痛』と,呼び名を変えると,その本質が見えてきます.それ程につらい病気であり,しかも周囲に理解してもらえない病気でもあります.だからこそ,頭痛診療の第一の目標は『頭痛で仕事や学校を休まなくてもいい状態にする』ことです.私が若かったころに比べると,優れた『痛み止め』が使われるようになっており、それは大いなる福音です。しかし、それよりも『片頭痛を起こさないための予防』に重心を置くべきだというのが頭痛医の考えです。火事だって,燃えてから火を消すよりも,そもそも、火事を起こさない方が大切ではないでしょうか?

    予防中心の頭痛診療は,医療による投薬が原因となる『薬物乱用頭痛』を防ぐことにも繋がります.痛み止めの使用量を大きく減らせますから,自ずと薬物の乱用を防げます.また,稀ですが,とても厄介な『群発頭痛』や『SUNA 』もしくは『SUNCT』などの一次性頭痛,あるいは『三叉神経痛』・『舌咽神経痛』・『後頭神経痛』などの頭頚部神経痛を正しく診断し,対処することも私たちの仕事だと考えています.ご相談ください。

▲ ページのトップに戻る

Close

HOME